|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 風 : [ふう, かぜ] 1. (adj-na,n,n-suf) method 2. manner 3. way ・ 立ち : [たち] 【名詞】 1. stand ・ 曲 : [きょく, くせ] 【名詞】 1. a habit (often a bad habit, i.e. vice) 2. peculiarity
「風立ちぬ」(かぜたちぬ)は、1981年10月にリリースされた松田聖子の7枚目のシングルである。 品番:07SH 1067(レコード) == 解説 == アルバム『風立ちぬ』からの先行シングルであった。聖子自身が出演したグリコ・ポッキーのCMソング、そしてB面のRomanceは資生堂のエクボ 洗顔フォーム「エクボ ミルキィクリーム」のCMソングとなった。 大瀧詠一作曲による唯一のシングル曲。編曲の多羅尾伴内は大瀧詠一の変名。元ネタは、ジミー・クラントン(Jimmy Clanton)の曲「Venus In Blue Jeans」。 CBS・ソニーの若松宗雄ディレクターが堀辰雄の小説『風立ちぬ』が大好きだったことから曲にしようと企画した。繊細な陰のある作品を目指したが、意図に反して大瀧によって完成した曲は「ものすごいゴージャスな大作」になってしまったという。セールス面についてもヒットはしたものの若松が期待したほどではなかった〔大久保達朗「DIRECTOR'S INTERVIEW 松田聖子の歌手としてのすごさは"勘の良さ"と"ブレない"信念 若松宗雄 松田聖子ディレクター」『洋泉社MOOK 80年代アイドルカルチャーガイド』洋泉社、2013年、p.160〕。 この曲のヒットにより、テレビで「編曲:多羅尾伴内」の表記を見て、「大瀧が多羅尾伴内の名前を無断で使っている」のを知った比佐芳武(多羅尾伴内シリーズの原作者)の親族が、多羅尾伴内の使用を止めるよう大瀧に求めた。それ以降、大瀧のアレンジャー名義は「多羅尾伴内」から、金延幸子の『時にまかせて』のシングルバージョンをアレンジした際に使用した名称「CHELSEA」(『時にまかせて』ではひらがなの「ちぇるしー」)を使うこととなった。大瀧はこの多羅尾伴内の名義をめぐる件を通じ、松田聖子の人気ぶりの凄さを感じたと言う。大瀧が1970年代に多羅尾伴内の名称を使えたのは、大瀧の作品群がまだヒットしておらず、大瀧詠一の名が無名で、彼が多羅尾伴内の名を無断使用していることも比佐芳武の親族に知られなかったためである。 2004年には紙ジャケット仕様の完全生産限定盤12cmCDとして再びリリースされている。 大瀧のトリビュート・アルバム『CANARY ISLANDS〜大滝詠一作品集〜』(ヴァージンジャパン、のちにポニーキャニオンに発売元が移行)で、フィル・スペクターの元妻で元ロネッツのロニー・スペクター(Ronnie Spector)がカバーしている。 『EIICHI OHTAKI Song Book I 大瀧詠一 作品集 Vol.1 (1980-1998)』の大瀧のライナーノーツによると、「(聖子が)『いい曲だが、自分には向いていない』と言った為、なかなかボーカルダビングが行われませんでした。取り敢えずCMだけでも、ということでCMバージョンの録音がされましたが、他分1回か2回しか歌わなかったと思いますが、嬉しそうにスタジオを出てきて『歌えました!』と言っていた笑顔が印象的でした」と回顧している。また、その後のシングルバージョンの録音では6テイクとったが、全て見事に歌い切ったとも回顧している。 大滝は、FMラジオ付き座席でヘッドフォンをしてステージ演奏を聴くと言うヘットホーンコンサートで「今日歌ったらもう一生二度と歌う事はない」と言うMCを添えてセルフカバーしている。言葉通りこの一回しか歌われておらずスタジオ録音はされていない為、永らく何の音源にもなっていなかった。しかし、大滝自身がこの時の音源をマスターテープ化して保管していたことが死後に明らかとなり、2016年のセルフカバーアルバムに収録される。なお、出処は不明だが、動画サイトに当時のライブ音源がアップされていたが、この音源は途中が欠損している、若しくは後日FMにて放送された実況が混ざったものであったため、完全な状態での現存は知られていなかった。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「風立ちぬ (松田聖子の曲)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|